たると箱の関係@ぶろぐ
2012-03-03T03:35:19+09:00
mokkumokkyu
チューバ吹き - 元FF11中の人の放置気味ブログ
Excite Blog
演奏会宣伝 on 3/11
http://mokkyu.exblog.jp/17264326/
2012-03-03T03:35:21+09:00
2012-03-03T03:35:19+09:00
2012-03-03T03:35:19+09:00
mokkumokkyu
[中の人]
お時間ございます方は、ご来場頂けましたら幸いです。
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東日本大震災 第2回チャリティーコンサート
~届けよう!希望を~
日時:2012年3月11日(日)
開場14:25 開演14:45
場所:Lサロン飛鳥
(JR国分寺駅駅ビル 国分寺エル8F)
入場無料
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ピアノやヴァイオリン,ギター,サックスなどの、室内楽ソロ中心のコンサートとです。
プロからアマチュアまで、様々な立場の方が出演されます。
入場料は頂戴いたしませんが、"チャリティー"と銘打っておりますように、募金を募ります。
お預かりしたお気持ちは、宮城県石巻市の子供たちに楽器を寄贈するため使用させて頂きます。
第1回では、ハンドベルを寄贈いたしました。
支援先のご希望にもよりますが、今回もハンドベルになるかと思います。
なるべく多くの子が、それに関わる人が、音楽に触れ、プラスの力になればと、支援の形を選んだものです。
主催者の和泉真弓さん(ピアニスト)とご縁があり、ピアノでの伴奏で出演させて頂くことができました。
和泉さんのゆかりがある、石巻市に絞っての活動ですが、どんな形でも何かできることをしたい、という気持ちで私はおりますし、他の出演者の方も同じかと思います。
素敵な演奏の数々をお届けできるかと思います。
そして、丁度、あの日あの時間です。
ご都合つく方は、ご来場頂き、演奏の感想を、様々なお気持ちを、ご支援に変換頂けましたら幸いです。]]>
定演
http://mokkyu.exblog.jp/17194048/
2012-02-14T00:15:00+09:00
2012-02-14T21:58:37+09:00
2012-02-14T00:15:40+09:00
mokkumokkyu
[中の人]
団の運営に関わったり、楽器変えたりで思い入れ深い回となった気がします。
良い演奏だったかは、お客様が楽しい時間を過ごせたか、で決まることなので言及できませんが。
客席の後ろで、曲に合わせて子供さんが踊ってた、という話を聞いて、してやったり、と思ったのが正直なところです(笑)
演奏者としては。
今年から持ち替えたF管で思い通りの音が出せなくて。ちゃんと支えれなくて。
申し訳ないやら、情けないやらのシーズンとなってしまいました。
とはいっても、本番、やっぱ楽しかったー。
仲間とのアンサンブルが、お客さんの反応が、全部が音楽ですよね。
一人じゃ絶対無理な喜びがあるんですよね。
来年は、もう一回基礎からやり直さないと!
定演に漕ぎ着けれて良かったぁ~~。もうそれに尽きます(笑)
演奏会最初のファンファーレですでに、ほっとして泣きそうだったのはナイショです。
(だってねぇ。カッコよくて、息があってて、一つの音楽つくってるな、いいな、このために幕を開けれてよかったなぁて思っちゃったんですもの)
旗振りが私なんて・・・穴だらけで、本当に、沢山の方の助けのお陰で定演を迎えることができました。
感謝しかありません。
そして、定演お手伝い頂いた方々、団員の皆さんに、失礼や不安に思わせること数えきれないほどあったと思います。この場でお詫びを
楽器を吹きたくても機会や技術的な気後れから吹けなかったときに、拾って頂けた感謝で運営に携わってきた一年でした。
当たり前だと思ってた、音楽の環境を、社会人になった途端無くした自分と。
否応なく奪われた姿を目の当たりにした今年。
団体内の雰囲気で、行きたくないなぁ、と思ったり思わせてしまったりしたこともあって。
何としても、色んな立場の人が、気兼ねなく、楽器を音楽をできる場所を、いつでも帰ってこれる場所を、維持したかった。
うまくできたのかなぁ。
音楽の技術や、情熱。
自由になる時間やお金。
演奏する人、聴くだけの人。
色々違う誰にでも、音楽に触れる権利や機会は、平等にあるべきだと。
(音楽は人の関わりなんで、人にも音楽にも誠実でないひとは御免被りたいですが)
どんな立場になっても、これだけは譲らずにやっていきたいな。
あらためて、本当にありがとう。]]>
さて本番
http://mokkyu.exblog.jp/16931483/
2011-12-10T08:58:48+09:00
2011-12-10T08:56:19+09:00
2011-12-10T08:56:19+09:00
mokkumokkyu
[中の人]
体育館で、子供たちの前で2曲ほどアンサンブル。
人によっちゃ「そんなんでブログ記事にすんなよ」ってレベルでしょう。
でも、私はかなり思い入れがあります。
(本番はどれも全力じゃないとですけどね。)
お話頂いた時、学童のクリスマス会ということで、一も二もなく飛びつきました。
子供に楽しい時間を過ごして欲しい。
(音楽って、「芸術」でなく、遊牧民が弦楽器で舞曲奏でて皆で踊ってる、て楽しむものが本来じゃないかなっと。あとは祈りをささげる宗教的なものと、もとを辿れば2つ)
そして、もはや、自分ではどうにもできないことの罪滅ぼし...
演る曲が、譜面まで、学生の頃しょっちゅうやってたレパートリーといっしょ。
毎年学園祭でゲリラ的にやってて、通りがかりの人が足を止めてくれて、子供が一緒に歌い出したりして・・・
「もっと上手くなれ」「音悪い」とかで、練習行くのが辛かったり、チューバの為に曲を選んで頂いた手前の義務感(オケ曲)で練習行ってたりで、純粋に音楽楽しめないことがあったころ。
でも↑で、上手い下手でなくて、音楽を通して場を共有できてた楽しめてた思い出。
そんなのがからみ合って、気合入っちゃったりしています。
技術がないと、伝えたいものも表現できないわけで、んで練習するわけですが。
学生時代から、練習しても、どうにも難しくて吹ききれてないわけですが^^;
それを棚上げするつもりはないけど、今現状で望むしかない。
今日の至上命題は、楽しい場をつくる!
小手先は下手でも、楽器人生の中で、身体に染み付いたものは本物のはず。
それでなんとか、楽しませる!
んで、自分たちがソレ以上に楽しむw
さて、音出しいかなきゃ。
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■陸前高田(draft)
http://mokkyu.exblog.jp/15951839/
2011-05-11T08:28:42+09:00
2011-05-11T08:28:43+09:00
2011-05-11T08:28:43+09:00
mokkumokkyu
[中の人]
■陸前高田
恥ずかしながら、当初陸前高田市の災害ボランティアセンターの設置・稼働を把握していませんでした。
「ボランティアの登録を受け付けているらしい」と知人が情報をくれた為、改めて調べ、相馬からはしごしました。
5月4日、一関から6時半頃、国道343(今泉街道)で陸前高田市災害ボランティアセンター(以下陸高VC)に入りました。
一関から山間を抜け、気仙川(国道343と340(高田街道)がぶつかるところ)に差し掛かった瞬間、視界が開け、比喩抜きに見渡す限りの瓦礫が視界に入りました。
比較するものでも、できるものでもありませんが、相馬よりもすごい、市街地が丸ごとのまれてしまった、被害の一端がそこにありました。
そこまでの山間部で気を抜いていたこともあり、衝撃で、見た瞬間震えがきました。
目的地は蛇ヶ崎と矢館崎の間ぐらいの場所。
国道340を通って陸前高田市街地を通りました。
340は一度高台(一瞬被害がないように見える)に上り、市街地へ向かって下る構造になっています。
下るにつれて見えてきた光景は、現実感がなさ過ぎて、反応を返せないほどでした。
ただ、瓦礫があるだけ。
残っている建物は、いくつかの大きなビル(市役所や大型スーパーだったものでしょうか)だけでした。
ほかは根こそぎ持っていかれてしまっている。
3名ぐらいでやっと手を回せそうな支柱の、大きな看板が、根元から倒れていました。
市役所西側の一部地域は、潮が満ちると水があがってくるのでしょうか、水に浸かっていました。
ところどころ、連休で地元に帰ってきたのか、何か探すようにして見える方がちらほらみえました。
カーナビ上存在している、高田松原は、ありませんでした。水に浸かって。
かろうじて、球場のあたりが水上に見えるぐらい。それも、ただのコンクリの瓦礫です。
折れ曲がった照明の残骸が、球場があったことを示していました。
陸前高田市の地図。
自分で視認した、津波被害エリア(ピンク)。実際はもっと広範囲にわたります。
細部のずれはご容赦ください。
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災害ボランティア記録その2 -福島県相馬市2-
http://mokkyu.exblog.jp/15951379/
2011-05-11T03:03:05+09:00
2011-05-11T03:03:06+09:00
2011-05-11T03:03:06+09:00
mokkumokkyu
[中の人]
4月10日 2回目。
1回目で勝手がわかったため、友人二人と共に向かいました。
伺った先は、松川浦中程の沿岸。
途中から、一般進入禁止の道に入っていきます。
道は、泥をかぶったままで、倒壊・半倒壊の家々もほぼそのまま。
地元の方もやっと入れるようになったばかりだったのでしょう。
ご自宅や、周りの様子をみて、涙を流してみえるおばあさんの姿が印象的でした。
所々崩れた、でも唯一水没せず残っている、最沿岸の道を通って到着しました。
まったく手がつけられていない状態で、庭から家の中まで、泥でひとつづきになってしまっていました。
ギリギリ2階は浸水をまぬがれたようですが、家財道具は壁際に押し付けられ、異様なつみかなさり具合でした。
水に濡れ、重量の増した様々な物を運び出し、泥を掻き出します。
一ヶ月放置され、異臭を放つ冷蔵庫。
大人だけでなく、そのお宅の子(小学生~中学生)も一緒に、懸命になって働いていました。
大人20人がかり、4時間でどうにか片付けましたが、まだ、床板を剥がし・・・という作業を残しました。
本当に膨大な作業です。
たまに、思い出の写真などが見つかると歓声があがり、こちらもちょっとほっとした気分になりました。
ですが、子供部屋の片付けで、泥だらけの学校用のコートなどが出てくると、とても切ない気分にもなります。
当たり前にあった生活が、当たり前でなくなった証明。
ぽかぽかの陽気で、潮風が気持よく、海鳥の声がする。
目をつぶったときと開けたときのギャップがあまりにありすぎて、ありすぎて・・・
帰りがけに、手持ちのお菓子を、お子さんに全部上げてきたのですが、その時の笑顔に救われたような気分になりました。
4月16日 3回目
松川浦南岸の農家のお宅でした。
敷地が広いというのも理由でしょうが、すでにボランティアを依頼して5日目、ようやく片付き終わるという段階でした。
周囲は、捜索活動の最前線でした。
すぐ裏では重機で掘り起こし、警察・自衛隊・消防が歩きまわる。
前日には敷地境界からものの2mでご遺体が見つかった、という世界でした。
集落で、最も端に位置していたためか、周り一面がれき(もと畑)で、いま思い返すとやはり異様な光景でした。
途中、すぐ裏で作業していた重機の運転手さんと立会の警察官の方も一緒に休憩しました。
「このひと、駐在さんだけど、駐在所ながされちゃったんだ」と依頼者の方。
公務員と同時に被災者。だから故、自分よりも公務を優先しなくてはいけない苦しさはどれほどなんでしょう。
ボランティアの方はかなりいろいろでした。
山形の県職員の方、北海道からボランティア休暇で1週間車中泊できている若い子、相馬が地元の東京の大学生や会社員。
立場は違えど、皆、いてもたってもいられない、という気持ちできてみえました。
ここで忘れられないことは、
道端におちていた、だれかの卒業アルバム。
皆で写真を撮りましょう、と提案された、依頼者の方の言葉。
雷雨の雨宿り中余震があったときの「地震、雷・・・・うちはおっかあのが怖いんだ」という、おじいちゃんの言葉でした。
5月3日 4回目
松川浦中ほどの岸から1kmほどの農家のお宅でした。
作業は、畑や排水路に積もった海からの泥を取り除く作業。
すでに先の生活をみて、作付けの準備をしてみえた。
まだ、泥や流木で覆われた田畑がほとんどだったが、少しずつでも日常を取り戻そうと作業して見えるた。
こちらでも当日のことから当日に至るまでを、色々と教えていただけた。
○震災から3日目ぐらい(被災者がまだ家に戻ってみようとしない)に、空き巣窃盗団が一気に荒らしたこと。
中国人か日本人か怪しいが、無事だった液晶TV,現金,道におちているバックの中身など根こそぎだったそうだ。
○おおよそ相馬の津波は6号バイパスでまでで止まったこと。
○畑の塩抜きは、2~3年がかりの気の長いことになること。
○地面が下がり、岸から800mぐらいのところまで、満潮時水がきてしまうこと(地図に記載)。
○上がってくる塩と、田畑に上流から入れる水と、雨水。バランスがどうなるか誰にも予想がつかない。
水が溜まっても、設置されていた排水機は津波で故障し、重機やトラックも立ち入れないので修理もおぼつかない。
○松川浦中州に植わっていた松はすべて流されてしまった(写真に写っているものはそれ)
○当日の津波は、松川浦の太平洋側の防潮堤の松や、松川浦西側岸にある排水機場の建屋の上に見えた(写真赤線)
4件とも、何かが残ったからこそ、目前にやるべき事があり、より前向きなのかもしれない。
でも、皆さん、現実を受け止め、整理し、地元行政を信頼し、一歩ずつ先へ進み始めていた。
最後に、4件目近くから、海に向かって。なんとも言えない荒涼とした。
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災害ボランティア記録その2 -福島県相馬市1-
http://mokkyu.exblog.jp/15951171/
2011-05-11T01:18:00+09:00
2011-05-11T01:22:10+09:00
2011-05-11T01:18:56+09:00
mokkumokkyu
未分類
選んだ理由は色々ありますが
・福島に縁があったこと
・4/2時点でいわき市やその他の地域で県外ボランティア受け入れがあまりなかったこと(現在はしています)
・相馬市があまり報道されていなかったこと(原発の都合でメディアがあまり入れなかったようです)
・原発の近くでヒトが入らないであろうこと
を考えてでした。また、東北道も復旧しガソリンも上道で安定して給油できた為、遠隔地から向かっても迷惑をかけないと思われました。
東北道は所々、亀裂が走り、段差ができ、まさに応急処置という様子でした。
福島西インターから相馬まで、ずっと自衛隊車両と並走でした。
内陸は、見た目、瓦が落ちた程度に見え、まだまだ災害と聞いてもぴんときませんでした。
相馬市の災害ボランティアセンターは高いところにあり、津波被害は有りませんでした。
が、すぐそばで自衛隊がテントでキャンプを張っており、異様な光景でした。
相馬市の地図。
自分で視認した、津波被害エリア。
緑は、ボランティアに行った時点で水没。ピンクは水に浸かってはいなかった。
ボランティア先は松川浦北岸、〒松川港局辺りでした。
県道38号を北東に向かいます。
相馬バイパスを超えた辺りでみえたものは、歩道に鎮座した漁船でした。
相馬バイパスから38号沿い500メートルぐらいで、建物に付いた水の跡、頭の高さぐらい。
畑には、何かの冗談かのように、車や小さな船が埋まっていました。
相馬バイパスから800mぐらいで38号が通行止めとなったため、北から回り込みます。
周囲はずっと畑だったため、あまりピンときませんが、木が至る所で根っこごと転がっています。
そして、地図で緑に塗った部分に差し掛かった時、本当に言葉が出なくなりました。
道の北側(緑の部分)、住宅地が完全に水没し、家々の屋根が見えている程度。
南側はかろうじて建物の形を残した、木材のガレキで埋め尽くされ、まだ道を切り開いている途中でした。
ただただ、涙がでてきました。どうにも止まりませんでした。
悲しいとも、驚きとも、何ともしれませんが。
そこにあった、沢山の人の生活が、破壊され尽くしたということが、実感されました。
伺ったお宅は、松川浦沿岸から30メートルほどの場所。まだ泥のつもった道をこえていきます。
内湾のため、直接太平洋側からの津波はこなかったものの、波が一つ前の家の2階に見えたとのことでした。
床上はすでに撤去済みで、床板を剥がし、床下の泥を掻き出します。粘土状で、湿り非常に重い泥。あっという間に汗が出て息が上がります。
そんな作業を、現地のかたは、何日も、万全でない生活環境でやってみえる。頭が下がる思いでいっぱいでした。
お昼には、豚汁を頂いた。ボランティアは、自己完結前提だし、先方にも伝わっているけど、それでもと出して頂けた心づくしの豚汁。
本当においしく、心に染みました。
ちなみに、ここでのボランティアの人数は5名。
埼玉から来た会社員の方2名。
福島の方2名。「うちは無事だったんだけど仕事が無くなっちゃってね。家で腐ってても仕方ないから来たんだ」と。
あったかいような、物悲しいような、複雑な心境でした。]]>
■災害ボランティア記録その1
http://mokkyu.exblog.jp/15950789/
2011-05-10T23:58:00+09:00
2011-05-10T23:58:51+09:00
2011-05-10T23:58:19+09:00
mokkumokkyu
[中の人]
4月の頭からGWまでの間に、計5日間災害ボランティアに行っていました。
福島県相馬市に4日間、岩手県陸前高田市に1日間。
そこで見て、感じたことを書きたいと思います。
第一に、自分が決して忘れないようにするため(自分の都合で、本当に非道いことですが)。
そして、奇特にも、この記事を読んだ方の心の隅に、少しでもつねに、被災地のことを置いておいてもらえるように。
正直、この記事を書いたものか、ずっと悩んでいました。
一瞬行っただけの者が、解ったような顔をして書いていいものか?
所詮、安全が確保され、相当にまっとうになった所に行った程度なのに。
被災者の方のお気持ちを完全に推し量ることは出来ないのに。
これまた、奇特にも読まれた、災害にあわれた方や関係の方が、不必要に思い出すきっかけになってしまわないか?
ですが、先日、ボランティアに伺ったうちの一軒のお宅から、感謝の意と「前途多難だが前向きに頑張っていく」と決意を込めた手書きのお葉書を頂戴しました。
また、別のお宅のおじいちゃんに繰り返し「皆さんに元気をもらった。皆さんはまた別のところで活躍されるんだろうが、私はここで頑張っていく」とお言葉を頂きました。
そう、私は帰ってきてしまうけど、現地ではずっとこの先生活が続いていく。
最低限の日常生活が戻るまで何年も。完全に戻るまで何十年も。決して戻らないものも沢山あるなか。
でも、もう先を見て、少しずつ歩み出していらっしゃる(むしろ止まってしまっているのは外部の人間かもしれない)。
ならば、少しでも、風化させず、歩みを止めさせないためにも、現地の様子を伝え、助け合う思いを持続したいと、記載した次第です。
本記事に関しては、間違いや感情的な問題で、罵られても、殴り倒されても仕方が無いとおもっております。
ご指摘いただけると幸です。
なお、行ってみての総括のみここに記載し、別途記事に各レポートとします。
○全てご自宅が残った方の所に伺ったわけですが、多くがご自宅ではなく避難所や親類宅に身を寄せてみえます。ヘドロ+潮の臭いのする泥が入り込んでいるからです。生活インフラの問題もありますし。
○物資流通は復旧しつつあるようです。が、店舗に被害があったところは遠くに移転して、小規模に再開というのが現実です。
○生活インフラは地域により復旧に差があります(特に水回り)。電気は大体戻ったのでしょうか、真新しい電柱が、根元や途中から折れた電柱の横に立っていました。
○やはり現地の方と会話することが大事でした。何を話していいのか、災害のことを話題にしていいのか、悩みましたが。「どこまで水がきたんですか?」ぐらいをきっかけに、何があったのか、から辛いことまで話して下さいました。
それで整理をつけてみえるのかもしれませんし、知ってほしいという面もあるようでした。ちょっとした冗談とかも有り。
すでに時間が経ち、、普通のテンションでのやりとりが、むしろ大切と思います。
○いまだガレキの山や手付かずの状態の映像が流れますが、それが現実でした。動きが遅いと憤る方もいらっしゃるでしょう。ですが仕方のない部分が大きいと感じました。土木作業はボタンひとつで簡単にできるものではないですから。
・捜索活動=重機(ショベルカー)でひとつかみガレキをどかしてチェックする、です。膨大な時間がかかります。
・人の手でどうにか出来るスケールのガレキではありません。
・重機やその運転手は魔法のように湧いてきません。日本中でジャブジャブ余っていません。
・地面の悪いところには重機は入り込めません。乾くのを待つ、巨大な鉄板を張る、砂利を敷き詰める等するしかありませんが、いずれも簡単ではありません。
・地面全体が没み満潮時に潮が入ってしまうエリアがかなりあるそうです。つまり何時まで経っても地面が乾きません。
○災害ボランティアに行くことを推奨・賞賛するつもりはありません。
○お金より人手(労働力)が必要という現実もあり、ボランティアもやはり必要です。
○災害のために行った行動の大小は問題で無いと思います。募金が1円でも10億でも、物を送ろうと現地で働こうと。行動を起こした、それが他者を思いやっる素晴らしいことと思います。
○継続的な金銭援助(現金だけでなく被災地に直接・間接的にお金が落ちるよう、経済を正常に回すことも含む)が必要。
○なにより、忘れないこと。
偉そうな事を言ってご不快になる方も大勢みえるかと思いますが、言い訳までに。
免罪符にもなりませんが、私も福島県いわき市に、諸事情で別れて暮らしている娘がおります。
幸い原発と45kmほど離れており、海からも遠いですが、当初は連絡とれずパニック気味でした。
呼びよせることが出来ないため、最悪も覚悟しての日々を今も過ごしています。
お怒りもご容赦いただけると幸いです。]]>
F管運指表作ってみた
http://mokkyu.exblog.jp/15896597/
2011-04-30T22:53:05+09:00
2011-04-30T22:53:05+09:00
2011-04-30T22:53:05+09:00
mokkumokkyu
[中の人]
4本バルブまたは5番管(4/3音)持ちの楽器用。
ペダルトーン以下がまだできてないのでβ版でする。
本運指表を使用した際の、音程悪化などの責任はとれません(自分の音程が最も怪しいのでw)。
再配布等はご自由にどうぞ。
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いまできること
http://mokkyu.exblog.jp/15726141/
2011-03-28T20:00:05+09:00
2011-03-28T20:00:07+09:00
2011-03-28T20:00:07+09:00
mokkumokkyu
[中の人]
元同僚が、いまだ原発の危険が及ぶ範囲にいます。
今の職場で知り合った方々が、被災地で働いています。
友人も被災地にいます。
初日に地震に見舞われ、混乱があったものの、今停電がある程度の平和な東京にいて、何が出来るのか考えるばかりです。
立場の違いにより、賛否両論あるかと思いますが、いまできること、すべきことはなんなのかなと、頭の整理もかねて書いてみようかと思います。
●被災地支援
救援物資の送付、義援金の送付ができます。
ですが、救援物資の送付は、個別で被災地に送付するのは絶対にダメだと思います。
小口の箱をあけ、分類し、避難者に振り分けるのはだれか?避難所では、全員平等が原則。小口でそれが可能か?
受付をしている自治体等に送り、取りまとめてもらえるならいいですが、これも、家で余剰になっているものを送るのが原則だと思っています。無理にお店で買って送っても、
メーカー→卸売→小売→個人→郵送業者→自治体等取りまとめ→被災地
なんと壮大な無駄でしょう。だったら、お金でもって、計画的に、
メーカー→被災地
が一番早いと思うのです。
「被災地はそんな悠長なこと言ってられない!いまほしいんだ!」ごもっとも。
土地勘があり、自分の食料・エネルギー・廃棄排泄まで自己完結できる準備をきっちりした人が、ガソリン等エネルギーロスをプラスにするだけの物資・労働力を以て、事細かなケアをして帰ってこれるならば、乗り込むことは良いかと思います。
が、時間・金銭・行動力とも余裕のない個人は、募金が一番ロスがない、ベターな選択なのかな、と思っています。もっとすごい行動をおこしたくてうずうずしても。
■生活
普段どおりの生活を送る。これが一番だと。
ゆえあって、地震5日目より、西の岐阜・福井へ行っていました。
電池が売り切れている・全国規模のコンビニでは通達でしょうか?看板の電気が消されている程度で、普通の暮らしが行われていました。
東京から向かったものとしては、ものすごく違和感が有りましたが、それでいいんだと考えなおしました。
どこかが混乱していても、他のどこかで物を作り、お金を稼ぎ、支える場所がないと駄目ですよね。
すでに東京は、被災地の一部でなく、支える場所になっているんだな、と。
以前ほど、贅沢・無駄をせず、そこを義援金にまわすぐらいで、普通の消費活動をし、日本を回していかないと。
無意味な買い占めなどせず、いつもどおりに、もっと大変な場所を思いやって。
■情報
停電、原発(放射性物質)など、通常お目にかからない事態目白押しで、大混乱です。
ただでさえ、玉石混交のネット上の情報、正しい情報を選び出すのは難しいですが。
出所・根拠が明確でない、なんか納得行かない情報を、広めないようにしたいものです。
また、自分も含め、ちゃんと学んだものが、思い出して・勉強しなおして、正確な情報を流すのも必要なことだとおもいます。
それが、早々に社会に出た同級生がいる傍ら、大学で勉強させていただく時間をもらえた者の責任だと思うから。
本日、音楽がらみで交流のある岩手のOさんから連絡いただけました。ご無事でなにより、ほっとしました。]]>
明けましておめでとうございます
http://mokkyu.exblog.jp/15262402/
2011-01-02T01:08:40+09:00
2011-01-02T01:08:36+09:00
2011-01-02T01:08:36+09:00
mokkumokkyu
[中の人]
元旦に実家→自宅の移動だったので、お目こぼしを・・・・
毎年元旦を迎えるたびに考えます。
成長したかな?劣化したかな?今年はどう頑張ろうかと。
お仕事スキルは上がったような。
でも、在職3年目になってだれてきたような。
次から次に課題が降ってくる職場ではないので、自分から動かないと永久に伸びない。
昨年度後半にスキル的には仕事つくって追い込み済みなので、初心に戻ってもっと学生に真摯に向き合う一年にしよう。
プライベートは、XIにちゃんとログインする、でw
それ以外でも、かなり人間力低下してる気がするので、色々見直そ。
とりあえず、守りに入りすぎだなぁ自分。しゃあない部分もあるんだけど・・・
考えたり悩んでる余裕あるんじゃまだまだねぇ
年に1回の大真面目終了!]]>
気づいてしまった
http://mokkyu.exblog.jp/15218135/
2010-12-24T22:15:00+09:00
2010-12-25T11:27:44+09:00
2010-12-25T11:27:44+09:00
mokkumokkyu
[中の人]
遅くまでガッチリ仕事でトラップされていました。
で、原因をふと考えてしまったわけですよ。
12月末
↓
卒論追い込み時期
学会データほしい時期
企業はとりあえず研究のめどを立てておきたい
↓
分析依頼が集中する
なるほど3つも条件が重なっちゃねー。
まあ、今年はしょうがないよなー。卒業生は大変だし助けてあげないとなー。
学生卒業すればこっちも楽になるよなー。
と、あれ?
学生は今年限りでも、こっちは毎年のことなんじゃ?
落ち着いたクリスマスとか夢のまた夢??
まー、それ以前の問題がありますが つд`)
]]>
それってアリか?
http://mokkyu.exblog.jp/15218044/
2010-12-22T23:59:00+09:00
2010-12-25T11:12:03+09:00
2010-12-25T11:12:03+09:00
mokkumokkyu
[中の人]
しばらく使えないなー、まずいなーと思っていた矢先、メーカーサポートの意外な返答に、ちょっとイラっと。
サポート:チラーが故障したということでご迷惑おかけしております。
お知らせ頂いたエラーコードによると、一度お引き取りしての修理が必要ですね。
モック :(あー致命傷かぁ)修理予定はいつになりますか?
使用予定が詰まってるので、早く直ると助かるのですが。
サポート:代替えと交換いたします。が、いま代替えが出払っていまして・・・1月中旬になりますね
モック :(まずいな・・・)オンサイト修理で修理時期繰り上げきかないですか?
サポート:いやー、ちょっと無理な症状ですねぇ。
モック :(こりゃ分析依頼キャンセルせんとかぁ)仕方ないですかぁ・・・
ところで、チラーとまってもSEM動いたのですが、おかしくないですか?
(注:一般的な機器は冷却が止まると安全装置が働いて、使用できなくなります)
サポート:え?普通に使えますよ?
チラーは性能完全に引き出すためのオプションです。
モック :え?チラー動かなくても使えるんですか???
メーカーさん、普通一般常識と違うことは、仕様として納入時説明しますよね?
てか、装置動かすときは「チラーを動かしたことを必ず確認してください」ってマニュアルに明記してありますけど???
私の心配を返してくれ・・・・
これにて無事に今月〆切りの分析ができることになりましたが。
なったんですが・・・・・
残り営業日3日って・・・・・有給消化の野望は・・・orz]]>
ヨビダシ
http://mokkyu.exblog.jp/15217635/
2010-12-17T23:59:00+09:00
2010-12-25T09:31:59+09:00
2010-12-25T09:31:59+09:00
mokkumokkyu
[中の人]
>同僚(てかコノヒト)から珍しくやたら着信
モック : はいはい、どしたー?
同僚 : 帰宅したのにごめんねー。なんか装置から異音がするとかで。 先生(管理責任者)にかわるわー
モック : (ものっすごイヤな予感・・・)
先生 : あー、モックさん?いやー、SEMのねー冷却装置がピーピー言ってるんですけどー。どうしたら良いでしょうねー?いや、悪いから来なくてもいいんですけど、ボクよくわからないからさー。
モック : ・・・・・・分かりました、すぐいきます・・・・・・・・
こういう時、出勤時間15分はいいような悪いような。
てか、帰宅後呼び出してのは初めての経験でしたよ(大概呼び出しされるまでもなく職場に残ってるともいう つд`))
結局、SEMの冷却機はリセットで復旧せず。本格的に逝かれたもよう。年内復旧ムリかなぁ。
依頼が山ほどあるのに。
]]>
ち
http://mokkyu.exblog.jp/14939737/
2010-11-08T01:22:14+09:00
2010-11-08T01:22:14+09:00
2010-11-08T01:22:14+09:00
mokkumokkyu
[中の人]
記念硝子オチョコ、二つ目頂きました。
しかし、なんでオチョコなんだろう・・・?
酒=命の水=血 みたいな発想か???]]>
なんかこう
http://mokkyu.exblog.jp/14866014/
2010-10-27T01:11:31+09:00
2010-10-27T01:11:32+09:00
2010-10-27T01:11:32+09:00
mokkumokkyu
[中の人]
いかがお過ごしでしょう。
てか寒いですね。
いや、なんでも屋なのは分かりきってたんですけど。
こう連日html+css+javascript首っ引きだと・・・・
↑だけやってりゃいいならいいんですけどねー。きらいじゃないんでw
それよりも、最近最大の問題。
職場の正面に10月末にできるはずだったモスバーガー。
「10月末にモスができます」→「11月中旬にモスができます」→「11月末にテナントがはいります」。
あれ???
私のwktkは何処へ・・・??
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